しましま。ろぐ。

煩わしくも愛おしい日々をひっそりと綴ります。

飼い主という名の下僕であるわたし

早いもので月末になりました。7月が終わりますね。

 

本当に時間だけは、富裕や貧困に関わらず。生きとし生けるもの皆平等に、あるいは容赦なく。消費され過ぎて行ってしまうものだなぁ……と。

前回の更新からひと月ほど経ってしまいましたが、わたしと猫たちは何とか生存しております。生存しているとは記すものの、毎日が疲労困憊なのも否めない。

 

本来なら休息に充てるのが正しいと思われるこの時間。この、僅かな自由時間を削って、こうしてブログを書いているのが自分でも不思議です。そして、その事がちょっと嬉しいような気もしています。我ながら、ドМが甚だしい。

 

さて、一時は我が家を騒然とさせた猫パンデミックは、飼い主という名の下僕であるわたしの、体力となけなしの積立貯金をガツガツと削りながら。若くて有能な医師の的確な判断と治療によって、ひとまずの落ち着きを取り戻しつつあります。

 

次から次へと条件の悪い難題に翻弄され、てんてこ舞いになっていた渦中。

 

どうしようもなく気持ちが疲弊してしまい、ネガティブの暗黒面に陥ってはいけないと思いながらも「これは、もうダメかもしれない」と諦めそうになっていた、あの時。

 

人前では強がって気丈に振舞っていましたが、弱っている猫に面会する度に本当は膝が震えて仕方がなかった。望んでいない結果を突き付けられる度に、絶対に泣かないようにしていたけれど、人目のない風呂の中では嗚咽してしまった。

 

若くて有能な獣医は、慣れない環境で頑張って治療を受ける獣たちだけでなく、そんなギリギリのところで踏ん張っている、飼い主たちのメンタルまでも補助して頂いたように思います。病院の医師ならびに関係者各位の皆さまに、見えないところでもご尽力頂いたことを本当に感謝しています。

 

今回の出来事を通して、自分なりに色いろと考えさせられることがありました。

 

ペットとのこれからの生活。どうやって生活してゆくことが、互いの幸福であるのか。また、その生活や幸福を維持する経済力についても。

 勿論、これらのことは過去にも考えてやってきました。だけど、人生には予期せぬ事態が起こるのだと知ったのだから、今後は予期せぬ出来事にどこまで、どのように備えていくのか。その優先順位はどうするのか?

 それから、これは個人的に痛感したというか、させられたというか。一人だけでやっていくには限界があること。限界があるとしても(現状はひとりなので)、どうすればこの生活をより優れた、最良の状態に持っていけるのか……。

 

まだまだ課題だらけで頭を抱えてしまいますが、どう生きていくのが自分にとっての最適解であるのか。それを探し続けていこうと思います。探している道中、きっと迷うこともあるでしょう。迷いながらその都度、それを書き残しておこうとも思いました。

 

……しかし、生きていくというのは生半可じゃありませんね。